よりデザイン

2018年10月16日イベントの話

『なんでデザイナーやってるの?』でお話させて頂きました

2018年9月28日にアドウェイズさんで開催された『なんでデザイナーやってるの?〜思い描いていた自分を思い出すために。vol.1』(以下、なんデザ)でお話させて頂きました。せっかくなので、当日お話した内容をここに書きたいと思います。

なんデザのコンセプト

『なんデザ』はデザインツールのTipsやお悩み相談ではなく、内発的動機に焦点をあてたイベントです。30歳前後のデザイナーが、今の自分に至るまでの悩みをどう乗り越えたのか。なぜ今もデザイナーでいるのか。そうした姿勢や思考について登壇者が語ることが会の主旨です。

これはけっこう面白いコンセプトだなと思っていて、「なぜデザイナーになったか」はイベントやインタビューで語られることも多いのですが、「なぜデザイナーを続けているのか」はあまり表に出てこないトピックなんですよね。DONGURIのミナベさんからオファーを受けた時に、これは面白そうだということで、二言返事でお受けすることにしました。

当日話したこと

というわけで、ここからは当日お話した内容+ちょっとした加筆になります。

前提

まず前提として、ここで話したことはあくまでも「いま現在の吉竹」が考えていることです。ひょっとしたら明日には違う考えを持っている可能性があります。それともう1つ、皆さんに伝えようと努力した話し方にはならないかもしれません。もちろん発話内容がわかるように気をつけるつもりですが、独白に寄った話し方になることをご了承ください。

「なんでデザイナーやってるの?」は3つに分解できる

タイトルにもなっている「なんでデザイナーをやっているのか」。この問いを繰り返し考えてみました。それである時、この問いは3つに分解できるな、と気付きました。

まず1つ目は「過去」。なぜデザイナーを目指したのかという最初の動機、きっかけ。これがなければデザイナーになる道は現れなかったわけです。次に、なぜデザイナーになれたか。これは人によって経路が異なると思うのですが、自分の場合は、まずデザインを学ぶ大学に入って、卒業後、新卒デザイナーとして会社に採用されました。どちらも外れていたら、ひょっとしたら自分はデザイナーをやっていなかったかもしれません。そういう意味で、この「デザイナーを目指す→デザインの勉強をする→デザイナーとして採用される」というプロセスは「なぜデザイナーをやっているか」に対しての最初のアンサーとなるわけです。

2つ目は「現在」。デザイナーとして採用された次の分岐点の1つは「なぜ辞めなかったか」です。ぶっちゃけると、最初に入った会社で辞めようと思ったタイミングが1,2度ありました。でも辞めなかった。これも1つの分岐点ですね。あとは、辞めると表裏一体ですが、「なぜ続けているのか」。これが今回のメイントピックですね。

最後は「未来」。現在と若干被っていますが、「なぜ明日もデザイナーでいるのか」、そして「n年後もデザイナーでいたいと思っているのか?」。まぁ、現在と未来は地続きなので、今回は「なぜデザイナーを続けているのか」に絞ってお話します。

「なぜデザイナーを続けているのか」を2つに分解してみる

「なぜデザイナーを続けているのか」という問いに対して思うところを、「職業」と「職能」の2つに分解して考えてみました。

「職業」の視点は、ちょっと逆説的ですが「今のところデザイナーの仕事を続けられているからデザイナーでいることができている」というものです。本当にありがたいことに、今もいろいろな方からデザインのお仕事を頂けています。もし自分が誰からも仕事を依頼されないような人間になってしまったら、その瞬間にデザイナーではなくなると思います。もちろん自発的にデザインを考えて発表して……という在り方もあるとは思いますが、いずれにしても自分以外の人間とインタラクションが起こらなければ、職業としてのデザイナーとは言えないでしょう。

「職能」の視点は、デザインという行為に対する自分の向き合い方です。(自分が考える)デザインとは何か、を言語化する。これは大学卒業時、お世話になったゼミの先生に「卒業のお祝いに何か良い言葉をください」とねだった時に頂戴したアドバイスです。以来、なるべく1年に1個はストックするように心がけているのですが、最近さぼっていたので久しぶりに考えてみました。今回はけっこ〜内面的なワードになったのですが、自分にとってのデザインは、たぶん世界と自分を繋げてくれる媒介なんだ、と思い至りました。あるいは、自分にとって世界が見やすくなるメガネとも言いましょうか。

この「世界と自分をつなげてくれるもの」は人によって様々だと思います。ある人は言葉を書くことかもしれないし、ある人は舞台で役を演じることかもしれない。建築だったり、料理だったり、スポーツだったり。僕の場合はそれがデザインだったわけです。デザインを介することが、自分が世界を知覚しやすい手法になっている。少なくともそう思えている限りは、自分はデザイナーを続けていると思います(変わらず、誰かから求められていれば、ですが)。

そもそも自分はデザイナーなのか?

……という感じで〆れば会の主旨に合った終わり方になったのですが、最後にもう1つだけお話したいと思います。

1年くらい前から「自分はデザイナーなのか?」ということを考えるようになりました。あまり肩書にはこだわりがないつもりでいたのですが、独立したタイミングでその考えはさらに強くなりました。

それで考えてみたのですが、振り返ってみると、社会人になってからの3〜4年って「デザイナーになれた嬉しい気持ち」が自分を上回っていて、「デザインの仕事をしている自分」にアイデンティティを依存していたような気がするのです。何しろ、高校3年生の頃にデザイナーになりたいと漠然と思い立ち、そこから美大受験に落ちたり一般大学でデザインを学んだり就活に失敗したり運良くデザイナーになれたりしたわけですからね。

今はどうかと言うと、ようやく「まず自分があって、その一部にデザイナーとしての自分がいる」ような捉え方ができるようになったと感じています。あくまで主体は「自分」であって、周辺にデザイナーの自分だったり言葉を書く自分だったり写真を撮る自分だったりがいるのかなと。

じゃあその自分ってナニよ、と思うわけですが、今のところは「それまでの経験に基づいて取り組みたいことに、素直に向かえることのできる行動体」みたいな言い方ができるのかなと……。まだうまく言語化はできないのですが、なんとなーくそういう自覚が生まれつつあります(こういうの哲学とか宗教で定義されてそう)。

そのような考えに至った1つのきっかけが、なんデザの主催者でもあるミナベさんが開催された『ロシア・アヴァンギャルドの集い』でして。


この時に強く感じたのが、ロシア・アヴァンギャルドを起こした人たちって、たぶん「デザインをしたいからデザイン(やほかの表現手法)をした」わけではないのかな、と思ったんですよね。この見方が合ってるかは知識不足ゆえ怪しいのですが、主義や思想、メッセージを持っている自己があって、それを表現するためにデザインを使った。それってなんかいいなぁ、と漠然と思ったんです。

もちろん当時とは時代性が違うのでそのまま現代に当てはめて考えようとは思わないのですが、まず自分を持つことって大切なんだよな、と考えるきっかけになりました。

なので「なんでデザイナーやってるの?」に対するいまいまの考えとしては、まず「自分をやれているか?」という問いがあり、おぼろげながらも自分がありそうだと気付き、それでいて自分にとってデザインは合っているから、なのかなと思います。

design is attitude

当日の話は以上で終わりですが、せっかくなので言おうとして言わなかったことを1つ。

ちょうど『なんデザ』で何を話そうかな〜と考えていた時に、白金にあるprint galleryへ急逝されたヘルムート・シュミット氏の展示を観に行きました。その時、会場入口に貼られていた、シュミットさんが過去に制作したポスターに書かれていた言葉に「今の自分が伝えたいことってこれだ〜〜〜!」と衝撃を受けたので紹介させて頂きます。

デザイナーがデザイナーになるのは
偶然の一致によってではなく、
彼のたゆまぬ継続に
よってである。
継続とは働くことと探求すること、
働くことと闘うこと、
働くことと発見すること、
発見することと見ること、
見ることと伝達すること、
そして再び、
働くことと探求すること。

デザイナーは過去に、そして現在に
チャレンジしなければならない。
未来にチャレンジしなければならない。
しかし何よりもまず、
デザイナーは自分に対して
真実でなければならない。

デザインは姿勢である。

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